氷柱のバレンタイン

明日は遂にバレンタインデー。
世間では、女の子が好きな人にチョコを贈る日。
でも、我が家にはあまり関係の無い日。
ちょっとしたホームパーティーを開いて楽しむだけの
少し特別だけど、ありふれた日でしかなかった。
私には関係の無いイベント。
そう思っていた。
でも今年は違う。
"アイツ"がいるから、きっと特別な日。


最初に言い出したのは春風姉さんだった。
「今年はみんなで王子様にチョコレートをプレゼントしましょう」
それは、自分では言い出せなかった言葉。
「なんで私の下僕にチョコなんて恵んでやる必要があるのよ!」
でも、私の口から出てくるのは辛辣な言葉。
他の家族の誰よりも"アイツ"を独占したいのに、素直になれない。
それはきっと、"アイツ"が優しすぎるせいだ。
優しい"アイツ"は、私達姉妹を平等に愛してくれる。
でも、私だけを構って欲しくて、ついひねくれたことを言ってしまう。
ホント、我ながらどうしようもない性格。


「こら、家族のことをそういう風に言わないの、氷柱ちゃん」


海晴姉さんの言葉が私を現実に引き戻す。
でも、このチャンスを逃す手はないわね。
私のチョコレートで、"アイツ"を骨抜きにしてやるんだから。


「仕方ないわね、皆が作るって言うのなら、私も参加してあげるわ。
 下僕を労うのもご主人様の勤めだしね」


そうよ、他の誰にも負けない最高のチョコレートを作って、私だけを見てもらうんだから!


――――――


よし、完成!
これ以上ないってくらい最高のチョコレートだわ。
他の姉妹のと混ざってしまわないように、端の方に詰めて・・・、と。
これで完璧ね。
明日、"アイツ"が喜ぶ顔が目に浮かぶわ。
あら、もうこんな時間。
明日のためにも、早く寝なきゃ。


――――――


「オニイチャンと初めてのバレンタインデーと――
楽しいパーティーに――かんぱーい!」


うぅ・・・恥ずかしくってちょっと不自然になっちゃった。
まぁ良いわ、本番はこれからだもの。
さぁ、私のチョコレートを食べて・・・ってどこにも無いじゃない!
最悪・・・。
何でそんな泣きそうな目でこっちを見てるのよ。
泣きたいのはこっちの方だわ。
もうどうでもいい、こうなったらヤケ食いしてやる!


「ダメ!氷柱ちゃん、それはお母さん用の―――!」


蛍姉さんが何か言ってるけど知らないんだから。


・・・何これ・・・チョコレートなのに苦い。
体がフラフラして・・・きゅぅ


――――――


あれ・・・私、何で寝てるんだろ。
皆でパーティーを楽しんでたはずなのに。
何だか体がふわふわして、熱い。


「目が覚めたかい、氷柱?」


朦朧とした意識の中、聞こえてくる"アイツ"の声。
目の前には"アイツ"の顔。
頭の後ろには柔らかな感触。
私、"アイツ"に膝枕されてる?
あぁ、きっとこれは夢ね。
こんな都合の良いことが起こるはずないもの。


「お兄ちゃん、大好き」


普段は言えない言葉が、自然に口からこぼれ出てきた。
夢の中でなら素直になれる。
そうだ。良いこと思いついた。
無くなってしまったチョコレートの代わりに―――


「お兄ちゃん、チョコレートあげられなくてゴメンね。代わりに・・・」


私は腕を伸ばし、"アイツ"の顔を引き寄せる。


ちゅっ


どう、美味しい?
私のチョコレート味のキスは。
"アイツ"は顔を真っ赤にしちゃってる。可愛い。


「よく分からなかった?じゃあもう一回・・・」


ちゅっ
にゅるん―――れるっ


今度はもっと念入りに、私の想いが伝わるように。
ちょっと大胆すぎたかしら?


あら、何で"アイツ"が失神するのよ。
夢の中でくらい、もっとしっかりして欲しいわ。
ホントはもっと強く、深く、繋がりたいのに。


あれ・・・私も何だかクラクラしてきて―――きゅぅ


――――――


眩しい朝日に照らされて、意識がハッキリとしてきた。
頭がガンガンする。
折角良い夢を見てたのに、最悪な気分だわ。
でも、何だか頭の下の柔らかな感触が気持ち良い。
私の枕ってこんな感触だったかしら?
ゆっくりと目を開けると"アイツ"の顔が飛び込んできた。
案外可愛らしい寝顔なのね。


って、何で私は"アイツ"に膝枕されてるの!?
ていうかアレは夢じゃなかったの!?
ひょっとしてアレは―――きゅぅ