"僕"のBaby Princess 〜プロローグ〜

12月24日。クリスマスイブ。
愛し合う者同士が絆を確かめ合う日。
そんな世間の風潮なんて、恋人もいない僕には無関係であり
イルミネーションの輝く街をぶらつきながら
贈るアテもないのにアクセサリ屋なんかを冷やかしていた。


「寒い・・・」
ウインドウショッピングにも飽きた僕は
近所の公園で暇を持て余していた。
クリスマスイブは恋人と過ごす日なんて決めたのは誰なんだよチクショウ。
そんなことを考えながら、施設に預けられた時から肌身離さず身に着けていたという
指輪を街灯に透かしつつ、孤独を噛み締める。
この指輪は先生曰く、僕を預けにきた母親とお揃いのものらしい。
だからってわけでもないけど、僕は常にこの指輪を持ち歩いている。
まぁ本物の家族云々というより、ただのお守りみたいなものだけど。


「不毛だ・・・。帰るか・・・」
そう呟いた矢先に、視界の片隅に人影が映った。
何か物凄い勢いで走ってるなぁ。あんなに急いでどうしたんだろう。
そうか、今月は師走だ。あの人は先生なんだ。
なんてどうでも良いことを考えていたら、その人は僕の目の前で急停止した。
街灯の下に現れた人影は、妙齢の女性だった。
なんだよこんな日に。宗教の勧誘か?
ツいてないなぁ。いや、時間潰しには丁度良いかも。
まぁいいや、適当にあしらって帰ろう。


「見つけた!私の大切なたった1人の息子・・・!」


唐突に彼女は言い放ち、涙を流し始めた。
はて、この方は何を仰っているのだろう。
新手のオレオレ詐欺か?
面食らった僕は、ひとまず落ち着くことに決め、目の前の女性を観察してみた。
中々の美人だ。左手の薬指には指輪が輝いている。
息子がいるってのなら結婚してるのは当然か。
そこで僕は妙な既視感を覚えた。
なんだろう、あの指輪に見覚えがあるような・・・。


あ・・・僕の指輪と同じものなんだ。
ということは、本物の、母さん?
いくら聖なる夜だって、これはありえなくね?
事実は小説より奇なり。
ペンは剣より強し。
少年学成り難く老い易し。
ダメだ、頭が回らない。
怒涛の展開に、あまり出来の良くない僕の頭はいっぱいいっぱいだ。


奇跡は起こらないから奇跡って言うんですよね?
なんて、ろくに信じてもいない神様に問いかけつつ
彼女と共に施設へと向かうことにした。


門限を破った僕を叱ろうとした先生は、母さん?の姿を見つけ
突然涙を流し始め、大人の話があるからと言って
僕は部屋に追い返されてしまった。


先生と母さん?の間で何やら話があったみたいだけど
部屋へと押し込められていた僕には、何があったか知る由もない。


が、結論を言ってしまうと、彼女は本当に僕の母さんだった。


張本人である僕が蚊帳の外にいるうちに、僕は母さんと暮らすことに決まっていた。
高校生になった僕は、施設から出て行かないといけないところを
特例として居候させてもらっていた身だったから、拒否できるはずもなかった。


「ああ感激―――今日からは家族そろって暮らせるのね!」
僕がこれから暮らすことに家へと向かう車の中で、母さんは涙ながらにおっしゃった。
正直あまり実感がわかないんだけどなぁ。


それなりに長時間車に揺られて辿り着いた先は、象でも飼えそうな程の豪邸だった。
何で僕は施設に預けられたんだろうね?
混乱した頭で巨大な門をくぐり抜け、妙に広い庭を通り過ぎ、家へと辿り着く。
庭の方から象の鳴き声が聞こえた気がするけど、きっと気のせいだな。


家へと上がり、大きなドアの前に立った母さんは
「ウチは女の子ばっかりだからきっと大歓迎よ。
 どうぞ仲よくしてあげてね」
と、言ってさっさと中に入っていった。
そうか、息子は僕1人って言ってたけど、娘がいないとは言ってなかったな。


母さんに続き、部屋に入っていくと
そこは―――女の園だった。
・・・何人いるのよ、これ?


あまりの衝撃に呆けていると、長い髪を2つに結わえた気の強そうな少女がこちらに気付き
「あ、お帰り、ママ。こんな遅くまでどこに行ってたの?
 あさひがグズって大変だったんだからね!」
と、言いながら近づいて来た。
そして、僕の存在に気付き、こちらに怪訝な視線を向けつつ母さんに問いかける。
「何、この冴えない男は?」
初対面だというのに酷い言われようだ。
「氷柱ちゃん、お兄ちゃんに向かってそんなこと言っちゃダメよ!」
母さんが彼女―――氷柱という名前らしい―――をたしなめる。
"お兄ちゃん"という言葉に、氷柱はパッと顔を赤らめた。
が、一瞬でキツい表情を浮かべ、僕に向かって叫び声を上げた。
「いったいあなた何者?うちのママに取り入って・・・!」
それは僕の方こそ聞きたいよ・・・。


ふと辺りを見回すと、騒ぎに気付いた他の女の子達が続々と集まってきて
こちらを取り囲み、じっと見つめていた。
えっと、1人、2人、3人・・・18人、19人!?
母さんはコホン、と咳払いをした後、満面の笑顔を浮かべて
高らかに宣言した。


「この子は生き別れになっていた、ママの息子。
 みんなの新しい家族よ!」


大学生くらいのお姉さんから、オムツをつけた赤ちゃんまで
みんなの視線が僕に集まる。
こういう時どういう顔をすればいいか分からない。


そして・・・処理能力をオーバーした僕の脳は、機能を停止した。


意識を失う瞬間
"笑えば良いと思うよ"
そんな声が聞こえた気がした。


――――――


これが僕と大切な家族との出会い。
冗談みたいで本当の、素敵な奇跡のお話。